新嶋襄の石碑
うっかりすると通りすぎてしまいます。 国道1号線、照ヶ崎信号脇の百足屋跡地に、 新嶋襄終焉の地の石碑があります。 跡地の大部分は国道1号線になってしまいましたが、 旧道と挟まれた三角形の土地だけが残っています。
ここだけ時の流れから隔離しているようで
昔と全く変わっていません。
明治二十二年十一月突然病に倒れ、
その年の暮れの十二月二十八日に、
かねてから念願の地であった大磯の百足屋の別館、
愛松園に移りました。大きい松が高くそびえ、
相模湾の眺望の良い愛松園で静養し、
再起の希望を持ち続けていましたが、一月二十日
危篤に陥り、二十三日に四十七歳の生涯を閉じました。
昭和十五年十月、門下生が百足屋の敷地内に徳富蘇峰先生の筆による 「新嶋襄終焉の地」の石碑を建てました。
毎年1月23日には、同志社大学の関係者と大磯町民で碑前祭が行われています。
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